六畳脳内

20代後半崖っぷちフリーターの日常。正社員になるも現在は無職。やり残しを消化していきたい。

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これでこのブログはおしまいです。

2016.12.31 (Sat)
気がついたらもう今年も終わり。
前に書いた通りこのブログもこれでおしまい。
ほとんど放置してしまっていたけど、一応けじめとして最後にまとめを書いて終わりたいと思います。

振り返ると今年もそれなりに変化のある一年だった。
今年は数ヶ月の無職生活を打ち切って、働き始めたところから始まって、毎日適応するのに精一杯な日々。
一年かけてようやく慣れてきたところに今度は彼女と暮らすことになった。

12月から始まったこの生活は、始まる前は憂鬱で仕方なかったんだけど今のところは意外と何とかなっている。
僕は誰かといるのが苦手だから、すぐにストレスでダメになると思ったんだけどな。
もちろん思ったよりもっているだけで、この後どうしようもなくなる可能性だってあるわけだけど、もうそれでもいい。
1人にはいつだってなれるし、僕が1人になりたくないと思っていたって1人になるときはなるのだ。
それならいくつも偶然が重なった末の今の2人の暮らしで、成り行きに任せていけばいいと思った。

さて、忘れかけていたけど今年の1月に僕は抱負を立てていた。
最後にそれを振り返って2016年の締めくくりとしたいと思います。

僕が立てた抱負は大体こんな感じ。

①仕事を一年続ける
②本とか食べ物とかの記事を書いて文章力を上げる
③ブログを週三回更新
④40万貯める
⑤綺麗な景色のところに行く
⑥ギター、お絵描きをする
⑦コレステロール削減のために運動する。

まずは①。
これは実行できて本当に良かった。
というかこれしかまともに実行できているものはないんだけど、素直に喜びたい。
運と環境と周りの人に恵まれたのは間違いないから感謝したい。
仕事が続いたから生活が安定したし、引越しもできた。

②は数えてみたら10回ぐらいしか書いてない。
当然文章力が上がった気はしないが、一つ自分の中で基準ができたのは間違いない。

③、これもひどい有様だった。
今年の更新回数は82回。
週1.5回くらいの頻度になるのだろうか。
しかしこれもやってみたから分かった結果だ。
この結果から次同じようなことをやる際のプランが立てやすいと考えたい。

④目標額は一応11月末の時点で貯まっていたのでこれも一応達成ということにしたい。
ただ引っ越し費用にかなり持ってかれて、今いくら残っているのかは定かではない。

⑤〜⑦は全く手付かずになってしまった。
敗因は毎日余裕がなくて手一杯だったことだが、あえてプラスに考えれば、この一年でだいぶ生活は安定してきているので、来年実行する土台を整えられたと思う。


こうやって年末にいろいろ振り返ったり、来年こそはとああでもないこうでもないと考えるのが僕は好きだったりします。
また別のところでブログを書いたりするかもしれませんが先のことは分かりません。

こんなチラシの裏のブログを読んでくれた人がいたならば、ありがとうございました。
良いお年を、さようなら。


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ニートからフリーターになったときのこと

2016.11.24 (Thu)
前回の続きです。

心療内科への不信感から、薬を飲むくらいなら働こうと思ったわけですが、動機としてはまだ弱いですよね。

幸いなことに、僕にはもう一つ働こうと思える動機がありました。
僕はバイクが欲しかったんです。

ニコニコ動画にずっと張り付いて一歩も外に出ない割に、外への、冒険への憧れが昔からあって、アニメやゲームの動画と同じくらいバイクの動画も見てました。
バイクに乗ってツーリングに行って綺麗な景色を見たりするやつです。

スピード感とか、バイク本体にはあんまり興味はありませんでしたが、バイクに乗ってどこか遠くに行くという行為にとても憧れました。
いつか僕もバイクで遠くに行きたいと思って、中型の免許だけはとっていたんですけど、ニートの身分でバイクなんて買えるわけがありません。

ぼんやりと、働いてバイクを買えたらいいなあと思うようになりました。

今から思うとこれが良かったのかもしれません。
それまでの僕はどんどん普通のレールから外れて、同年代達と開いていく差に焦っていました。

「みんなに追いつく為に給料のいい仕事を見つけなきゃ」とか「将来性のある会社に就職しなきゃ」とかそんな感じです。
周りと比較したらそりゃそうなるんですが、でも冷静に考えたら別に僕自身そんなこと全然やりたくないし、そんな生活に大して興味もないんですよ。
これに気付くのはもっと先のことなんですけどね。

とにかく働くハードルがとてつもなく上がってしまっていたわけなんですが、心療内科への反発心と、バイク欲しいっていう欲求が合わさって、「とりあえず短期のバイトでもいいや」ぐらいまでハードルが下がりました。

長期の仕事が自分に務まるとは到底思えないので、タウンワークを拾ってきて1〜3ヶ月間だけの仕事を探します。
目についたのが1ヶ月からOKのコールセンターのバイト。
学生時代にやった飲食やパチンコ屋でもう対面の接客にはうんざりしていたので、電話なら顔を合わせずに済んで楽なんじゃないかと思いました。
また、勤務地は秋葉原で、僕の1番好きな街です。
これが決め手になって応募しました。

1ヶ月でやめるつもりでしたが、何やかんやここで3年働くことになりました。
つくづく僕がニートから抜け出せたのは運が良かったからだと思います。
このコールセンターの仕事がいい具合にぬるくて、周りがいい人ばかりだったから、僕はニートに戻らずに済んだだけなのは間違いありません。


続きます。


心療内科に通った話2

2016.11.17 (Thu)
前回の続きです。

前回は通っていた心療内科についてボロクソに書いてしまいました。
僕が普段日記に書いているようなことをそのまま診療結果として渡し、挙句「とりあえず薬飲んでみる?」みたいな態度に失望と怒りを覚えたからです。
そんな分かりきったことを提示してきて仕事をしたつもりになって、やることといえば薬を出すだけなんてどうなんだ?
自販機に仕事をさせたって一緒ではないか、そう思いました。

ただ、今だから言えることですがこれは決して無駄なことではなかったのです。

「どんなに優れたアイデアや芸術作品も無からは生まれない」と何かの本に書いてありました。

つまりその結果に至るには必ず自分以外からもたらされる「外側からの刺激」があって、優れたアイディアや商品や作品もそれに対してのレスポンスに過ぎないと、確かそんなようなことを著者は言っていたような気がします。

脚本家や発明家は既にあるものに対して「つまらないな、不便だな、自分ならこうするのに」と思い、それの積み重ねが発展なのだと、そんな論調だったと思います。

そういう意味でニートは外側からの刺激は皆無と言えるでしょう。
アニメや漫画、ゲームに触れることで一時的に刺激は得られても、僕は結局外に出ることはできませんでしたから。
それにそれらでは心療内科で得たような不信感、不満、怒りを覚えることはありませんでした。

結局良くも悪くも人とのコミュニケーションから生じるエネルギーは莫大だということでしょう。

僕は自分の考えや心が良くわかりません。
何をしたいのか全然分からなくてついには働かなくなりました。
そんな僕と同レベルのことしか言えない専門家が出す得体の知れない向精神薬なるものをとても飲む気にはなれなかったのです。

この一件が久しく動くことのなかった僕の精神に波紋を広げ、薬を飲むくらいならと、とりあえずバイトをしようという反抗心へ繋がっていきました。

だからニートを脱出するきっかけのひとつは、間違いなく心療内科へ行ったことなんですよ。
偉そうにアドバイスするつもりはありませんが、もし現在ニートで、ニートを脱出したいと思っているなら、一度行ってみるのもいいと思いますよ。
ニートにも色々種類があるのは前に書いた通りですが、僕と同じタイプのニートなら効果が期待できるかもしれません。

もし僕と同じタイプの人間なら、独力でなんとかできるなんて考えはさっさと捨てるべきです。
必要なのはきっかけです。
つまり僕はたまたま運が良かっただけで、そうでなければ今も引きこもっていたに違いないと思いっています。


続きます。

心療内科に通った話

2016.11.16 (Wed)
前回の続きです。

結果的に言えば心療内科に行ったことがニートを脱出するひとつのきっかけにはなったのですが、それはカウンセラーの的確なアドバイスがあったとか、元気になる薬をキメたとか、そういうことではありません。

いろいろな方面の人に怒られそうですが、当時の僕にとって精神科の世話になるということは、取り返しのつかない落伍者の烙印を押されるのと同義でした。
今思えば、まだそのときは自分が普通の人間と同じ水準で生きていける、あるいは根拠も無く自分が優れている人間だと思っていたということでしょう。

精神病院に行くのは「優れていない人」だからで、「普通じゃない」と自分が認めることになる。
自分でもはっきり分からなかった当時の心療内科への不信感を今説明するとすればこういうことではないかと思います。

嫌々とはいえ、心療内科へ行くことになった以上は仕方がありません。
こちらも追い詰められている自覚はあったので藁にも縋る思いです。
確か週に一回ぐらい、カウンセリングや心理テストのために通って3回ぐらい行きました。

普段は自分を良く見せるために小賢しい努力をしていたわけですが、カウンセリングでは出来る限り自分の本心をさらけ出して、把握しきれない自己の内面を先生に炙り出してもらうことを期待していました。

ただこれが期待はずれもいいところだったのです。
僕が行ったのはカウンセリングと、選択式の心理テストやロールシャッハテスト(絵の具をブチまけたみたいな模様を見て何に見えるかなどを聞かれる)の結果をもとに先生からアドバイスをいただくいう形式。

その結果が後日ペラ紙のコピー用紙1枚にまとめられて渡されたのですが、内容は僕がカウンセリングのときに相談したことが羅列しているだけでした。
今から思えば、2、3回会っただけの他人に自分を理解してもらい、現状改善のヒントを貰おうなんて都合が良く考えすぎたと思えますが、当時はとても失望しました。

「薬も出せますけどどうしますか?」
と提案されたとき、通り越して怒りを覚えて通うのを辞めました。

続きます。

ニートのときの出来事

2016.11.10 (Thu)
前回の続きです。

かくして僕はニートになりました。
最初は両親から再三今後どうするつもりだと詰められて、就職活動をするポーズはしていましたが、まあ続きませんよね。

ニートあるあるだと思うんですが、僕も例に漏れず公務員を目指そうとして資格の勉強を始めたり、漫画家になれないかと絵の練習をしてみたり、体を鍛え始めて自衛官になろうとしたり。

結局何も続かないんですけど色々手を出してました。

でもそんなでも何か行動していればまだマシなんですよ。
中には本当に資格を取得しているニートの人もいて、そこまでできて何故…と思う人もいますね。

僕の場合は日ごとに行動力や意欲が失われていきました。
最初の方はまだ単発のバイトをしたりする余裕があったのですが、どんどん外に出られなくなっていって、何に使ったのか貯金も1年くらいで底を尽いてしまいます。
この辺りで身の回りのものはほとんど売りました。漫画、同人誌、ギターなど。
今まで執着していたものを手放すと物欲も薄くなるようで、それ自体は悪いことではないと思うのですが、より無気力に拍車がかかっていきます。

金が無いので出かけたりすることもなくなり、両親と顔を合わすのも気まずくて部屋からすらも極力出なくなりました。
僕の娯楽はパソコンとインターネット環境があれば十分でした。
2chのまとめサイトと、ニコニコ動画に張り付いているだけで1日が終わります。
面白そうな新着動画がないか数分間隔で確認し、なければ同じ動画を何度でも見ます。
それ以外の時間は寝て過ごすのですが、不思議と何もしていないのに12時間以上眠れるんです。

ただ、両親の心象を損ねるとすぐに説教がはじまるので、機嫌を損ねないよう注意を払います。
朝や、夜両親が仕事から帰る時間に寝ていると怒られるので、その時間は起きているようにした結果、夜は寝ないで朝まで起きて、両親が仕事に行ってから寝るようになりました。
両親がいる時間は、ニコ動やまとめサイトを見つつ、両親が部屋へ近づく気配を感じたら事前に用意していた求人サイトを眺めるフリをしたり履歴書を書いたりして、働く意思があるアピールをするというしょうもないことをやってました。

当然すぐにバレてまた説教をくらうわけですが懲りずに同じことを繰り返し、また説教のループ。
僕はどんどん卑屈になっていきました。
自殺したいとは思わないまでも、生きてても仕方ないなとは常に思うようになり、気持ちがどんどん落ち込んで比例して睡眠時間が増えていきました。

そしてついに見かねた父が怒りと失望が合わさったような様子で、「お前は病気だ、精神科へ行け」と言い出しました。

自分が精神病認定されたこともショックだったし、無駄に高いプライドからそんなところには絶対行きたくありませんでしたが、寄生している身に発言権などあるはずもなく。

そうして僕は心療内科へ行くことになったのです。


続きます。



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